ケータイ辞書JLogosロゴ 鹿勝川村(近世)


愛知県>額田町

 江戸期〜明治22年の村名。三河国額田【ぬかた】郡のうち。慶長9年検地帳では牧平村のうちに含まれ,田畑42町余・高513石余。元和元年に村高242石余で牧平村から分村して成立。はじめ幕府領,寛永10年旗本松平氏知行(赤松陣屋),同14年幕府領,慶安4年再び旗本松平氏知行,享保2年旗本松平氏(赤松陣屋)と旗本松平氏(桑谷陣屋)の相給,桑谷松平氏知行は明治まで続くが,赤松松平氏知行は宝暦2年幕府領,享和3年陸奥磐城平藩領,文久2年幕府領を経て旗本松平氏知行(長沢陣屋)となった。村高は,「寛永高附」248石余,「元禄郷帳」252石余,「天保郷帳」290石余,「旧高旧領」287石余。東海道藤川宿の助郷村で勤高172石。明治初年の戸数59・人口251(豊富村誌)。神社は神明宮・山神社・諏訪社・神明社,寺院は,臨済宗慈雲院。明暦4年の白髭神社(現豊富神社)再建の棟札に見える「生羅田村」は,鹿勝川村下【しも】に比定される。明治22年豊岡村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7355802
最終更新日:2009-03-01




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