ケータイ辞書JLogosロゴ 加賀野井郷(中世)


愛知県>尾西市

戦国期に見える郷名尾張国中島郡のうち天正12年6月21日付羽柴秀吉知行方目録に「一,四百八拾貫文 加賀野井」とあり,小牧・長久手の戦の忠節を賞して地元の毛利広盛に新知行分として給与された(毛利家文書/岐阜県史史料編古代中世1)「信雄分限帳」によれば,戦前は織田信雄の家臣で加賀野井城主加賀野井重望の知行地であったが,これにより不知行となり,重望には知多郡藪郷・切山郷内に替地が与えられたなお,加賀野井城は現在の岐阜県羽島市下中町城屋敷にあったもので,小牧・長久手の戦の際羽柴方に包囲され,天正12年5月7日攻め崩された(不破文書など/大日料11‐7)同14年の大洪水により当郷は東加賀野井村と西加賀野井村に分断され,西加賀野井村は美濃国領となった東加賀野井村は現在の尾西市東加賀野井,西加賀野井村は現在の岐阜県羽島市下中町加賀野井にあたる
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7355804
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ