ケータイ辞書JLogosロゴ 欠村(近世)


愛知県>幡豆町

江戸期〜明治11年の村名三河国幡豆【はず】郡のうち懸村(寛永高附)・掛村とも書いた八幡川下流域に位置し,南は三河湾に面する地名の由来は,海岸部が海食により次第に欠けたためともいうはじめ相模甘縄藩領,慶安元年頃からはその分家の旗本松平氏(松平正朝系)知行村高は,「寛永高附」「元禄郷帳」ともに143石余,「天保郷帳」188石余,「旧高旧領」178石余中世小笠原氏の居城の1つ欠村城があったが,明暦年間に村人がその城跡にあった古塚の穴から聖観世音菩薩像を発掘し,窟観音として祀ったその後三ケ根山登山口へ観音堂として移された明治維新前後,村内に旗本松平氏の欠村陣屋があった構内に稲荷社があったが,現在西幡豆菰田に移された地内江尻に氏神幡豆神社がある明治11年西幡豆村の一部となる現在の幡豆町西幡豆4番組にあたる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7355837
最終更新日:2009-03-01




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