ケータイ辞書JLogosロゴ 片寄村(近世)


愛知県>額田町

 江戸期〜明治22年の村名。額田郡のうち。天恩寺領。天正17年の家康検地帳が残り,同18年の太閤検地帳では田13石余・畑65石余。村高は,「寛永高附」「元禄郷帳」ともに79石余,「天保郷帳」90石余,「旧高旧領」82石余。小物成は茶年貢金1両,藪年貢4斗余。天正17年の検地帳では屋敷地19,名請人32。寛永14年の検地帳では名請人22。文久4年の宗門改帳では家数38・人数192。明治初年の戸数40・人口198(豊富村誌)。足利義満の創建という臨済宗天恩寺,塔頭芳春院,天恩寺代々住持墓所の万松庵,地蔵堂があった。天恩寺参道の東に八幡宮があり,天恩寺の鎮守八幡宮ともいう。明治維新後神仏分離をし,明治5年村社となった。片寄用水と呼ばれる灌漑施設は安政6年から翌年にかけて築かれた。男川上流淡淵村との境付近に,高さ5尺2寸,幅6間,上置き土俵1俵通りの堰を築き,幅4尺,延べ長さ17町余の水路を引いて畑を田に変えることに成功した。小早川豊吉・青木虎蔵などが功労者(改田竭力之碑)。村内の山すそには石積みの鹿垣が巡らされる。明治11年片寄学校が創立され,同20年樫山小学校に統合。同22年高富村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7355946
最終更新日:2009-03-01




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