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愛知県>蟹江町

 明治22年〜現在の自治体名。はじめ海東郡,大正2年からは海部【あま】郡に所属。今・蟹江新町・蟹江本町の3か村と西福田村の一部(字中畑・賀須原・歴島)が合併して成立。旧村名を継承した4大字を編成。役場を蟹江本町に設置。明治24年の戸数345,男964・女945,学校1。同年の濃尾地震では家屋全壊302戸・半壊120戸,死者21・負傷者21の被害があった。同39年新蟹江村・西ノ森村・須成村を合併し,蟹江新田・鍋蓋新田・西之森・須成の4大字を加えた8大字となる。昭和9年国道1号開通。同13年現近鉄名古屋線の近鉄蟹江駅,同39年富吉駅設置。農産物は米・麦・菜種・大豆・野菜・イチジク,水産物はウナギ・フナ・コイ・ノリ・ハマグリ・シジミなどがあり,特にイチジク・ウナギ・シジミなどは特産物として名古屋市ばかりでなく関西方面へも出荷された。工業は清酒・味醂・焼酎の醸造業が盛んであった。昭和31年永和村善太新田の一部を編入し,新千秋を加えた9大字となる。同34年伊勢湾台風により死者18名・負傷者1,623名,住居の全壊流失328戸・半壊624戸,床上浸水1,688戸・床下浸水367戸という大被害が出た。世帯数・人口は,昭和35年3,151・1万5,639,同55年8,749・3万1,055。昭和42年佐屋町,同43年十四山村,同52年津島市と境界変更。同54年から同57年にかけて区画整理などにより11町が起立,昭和62年現在11町9大字を数える。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7355998
最終更新日:2009-03-01




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