ケータイ辞書JLogosロゴ 上祖父江村(近世)


愛知県>尾西市

 江戸期〜明治22年の村名。尾張国中島郡のうち。尾張藩領。鵜多須代官所支配。村高は,「寛文郷帳」504石余,「天保郷帳」505石余,「旧高旧領」858石余。「寛文覚書」によれば,本田の概高854石余,田23町余・畑39町余,ほかに概高8石余の古川新田,家数57・人数350,馬17。なお,新田分として家数1・人数11,馬1が下祖父江村にあった。天保12年の村絵図によれば,概高合計854石余,平岩左近ら8人の給知と蔵入地,家数175・人数827,馬8。「寛文覚書」では起【おこし】宿の助郷村とあるが,天保12年の村絵図には萩原宿の助郷村となっている。井野蔵人正の居城の跡があった。起宿への道のり1里。寺社は,「寛文覚書」には真宗大谷派光専寺と八幡・大明神・西宮神とあるが,天保12年の村絵図では光専寺・信了寺・八幡宮・大明神・八剣宮・神明宮。光専寺はもと天台宗,のち真宗に改宗,信了寺はもと美濃国八神村にあったが,下祖父江村を経て当村に移転。明治20年上祖父江学校を設置。なお,本居宣長の養子本居大平の門人で国学者の小塚直持は当村の出身。明治22年上祖父江村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7356120
最終更新日:2009-03-01




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