ケータイ辞書JLogosロゴ 河田方村(近世)


愛知県>一宮市

 江戸期〜明治22年の村名。尾張国中島郡のうち。尾張藩領。北方代官所支配。村高は,「寛文郷帳」川田方村として200石余,「天保郷帳」でも200石余,「旧高旧領」329石余。「寛文覚書」によれば,概高329石余,田7町余・畑14町余,家数18・人数109,馬6。源敬様御黒印写によれば,元和年間の給人は朝岡氏で179石余,天保12年の村絵図では,全村舎人武兵衛ら7人に給知されている(一宮市史本文編上)。畑には麦のほか木綿を栽培し,繰綿・綛糸などに加工した。また桟留縞・結城縞などを織った。神社は神明社。明治13年の村物産表によれば,木綿の産高2,250貫で一宮方面へ売り,藍は300貫を東宮重村へ売っていた。ほかに菜種・干大根・縞木綿なども特産物としてあげている(一宮市萩原町史)。また同年頃織屋の戸数2・桁数41で,結城縞を年に1,250反織っている(尾西織物史)。同22年新明村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7356367
最終更新日:2009-03-01




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