ケータイ辞書JLogosロゴ 北島(中世)


愛知県>稲沢市

 南北朝期から見える地名。尾張国中島郡のうち。国衙領。文和2年7月日付尾張国郷保地頭正税弁済所々注進状案に「十二ケ村内」として「北島」とあり,恒富掃部助遺領であった(醍醐寺文書/稲沢市史資料編7)。また,同年10月の妙興寺領坪付注文によれば中島長利寄進に「一所 九段 北島」があった(妙興寺文書/同前)。明徳5年2月6日三善長徳が「牛島内北島」の田畠など9反を売却している(同前/大日料7-1)。戦国期には「信雄分限帳」に「一,八百貫文〈北島郷此内三百貫今村郷御加増〉北島伝左衛門」とあり,天正13年頃には織田信雄の家臣北島伝左衛門の知行地であった。天正18年2月1日信雄が小田原攻めのため萩原渡〜清須間支線道路築造を命じた際には当地からも長束の工事に動員されている。同年8月晦日信雄に代わって尾張へ入部した羽柴秀次は,坂井文助に当知行分「北島之郷」内252貫250文を安堵した(酒井家文書/稲沢市史資料編7)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7356519
最終更新日:2009-03-01




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