ケータイ辞書JLogosロゴ 儀長村(近世)


愛知県>稲沢市

 江戸期〜明治22年の村名。中島郡のうち。尾張藩領。清洲代官所支配。村高は,「寛文郷帳」「天保郷帳」ともに396石余,「旧高旧領」697石余。「寛文覚書」によれば,本田の概高689石余,寛文元年開発の新田4石余,反別は本田の田19町余・畑16町余,新田の田2反余,家数42・人数229,馬15。「徇行記」によれば,491石余は津田図書ら7人の給知で,蔵入地は197石余,家数72・人数327,馬3。役竹を出すほか,中野川筋は運上川であった。東西7町15間・南北4町18間。三宅川に架かる常楽寺橋(天保12年の村絵図では正楽寺橋)について,「張州府志」はこの近くに矢合【やわせ】村国分寺の支院常楽寺があったが,今は荒廃して橋の名のみが残ると記す。神社は,貴船大明神・吉野熊野権現・若宮八幡宮があり,寺院は天正12年開基の臨済宗大福寺と薬師堂。明治11年鬼頭新田の一部を編入。同22年井長谷村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7356569
最終更新日:2009-03-01




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