ケータイ辞書JLogosロゴ 古田村(近世)


愛知県>渥美町

 江戸期〜明治22年の村名。三河国渥美郡のうち。はじめ幕府領,元和元年旗本間宮氏知行,元和5年旗本戸田氏知行,元禄元年からは戸田氏が大名となり大垣新田藩領となる。村高は,「寛永高附」では小田村と見え327石余,「元禄郷帳」393石余,「天保郷帳」959石余,「旧高旧領」1,039石,地内は下村・折立・長沢からなる。天和2年の家数127・人数706,馬19・牛39,享保3年の戸数227,明治元年の家数304・人数1,501。生活は,古田湊岸の商業・内海漁業,南方台地と折立台地での農業。村柄は,およそ上戸1割・中戸3割・下戸6割の割合いで,婦女子は白木綿の機織をし,木綿を実綿と交換して利益をあげた。元禄15年の指出帳に「入江内長二千九百間余干潟之,あさり・蛤・海藻等,村方助用ニ成申候」とある。神社は,下村の須賀社,折立の神明社,長沢の八幡社。真如寺は,慶安年間まで曹洞宗,のち一時廃寺となったが,寛文3年浄土宗で再興。大本山増上寺65世智典大僧正の得度した時の寺で,江戸末期再建された唐破風の本堂は,智典僧正の多額な援助による。半島先端地域の海運の拠点であったためか,地租改正の宅地評価額は郡内で上位。明治22年清田村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7357056
最終更新日:2009-03-01




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