ケータイ辞書JLogosロゴ 篠田郷(中世)


愛知県>一宮町

 室町期〜戦国期に見える郷名。三河国宝飯【ほい】郡のうち。明徳2年8月10日の足利義満御判御教書案に久下重元知行地の1つとして「参河国篠田半済」とある(久下文書/埼玉県史資料編5)。以後応永32年の久下頼重,長禄3年の久下重国の知行が確認できる(同前)。久下氏は武蔵国大里郡久下郷を本貫とする武士で,室町幕府四番奉公衆を勤める家である。永禄5年8月6日松平元康から長沢松平康忠に与えられた宝飯郡内21か所1,810貫文の中に「参拾貫文 篠田西原」と「弐百貫文 篠田之郷」が見え(譜牒余録下),天正15年12月の進雄神社棟札銘に「篠田郷大樹村」「願主時之地頭松平兵庫助」とあるから(神社を中心としたる宝飯郡史),実際には康忠の弟兵庫助某が知行していたのであろう。江戸期の篠田村・大木村・西原村にあたる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7357593
最終更新日:2009-03-01




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