ケータイ辞書JLogosロゴ 須成村(近世)


愛知県>蟹江町

 江戸期〜明治22年の村名。尾張国海東郡のうち。尾張藩領。佐屋代官所支配。慶長6年5月朔日の門屋儀大夫宛知行方目録に「尾州海東郡すなり村之内」と見え,102石余が宛行われている(秋田藩採集家蔵文書)。村高は,「寛文郷帳」「天保郷帳」ともに1,373石余,「旧高旧領」2,141石余。「寛文覚書」では元高1,373石余,概高2,140石余,反別109町余うち田89町余・畑20町余,家数158・人数776,馬41。「徇行記」によれば,戸数240・人数1,044,農商を兼ねる者20戸,灰問屋2戸。蟹江川での漁獲も多く,近隣の中心集落であった。常楽寺は「尾張志」に「天平五年行基菩薩の草創にて」とある古刹で,のち木曽義仲による伽藍18坊舎の再建もあったが,天平12年兵火に遭い竜照院と本堂を残すのみとなったという。ほかに曹洞宗松秀寺・真宗大谷派善敬寺・富吉建速神社・八剣社がある。明治22年市制町村制施行による須成村となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7358181
最終更新日:2009-03-01




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