ケータイ辞書JLogosロゴ 曽本村(近世)


愛知県>江南市

 江戸期〜明治22年の村名。丹羽郡のうち。尾張藩領。小牧代官所支配。村高は,「寛文郷帳」「天保郷帳」ともに464石余,「旧高旧領」518石余。「寛文覚書」によれば,本田は概高514石余,反別は田22町余・畑14町余,ほかに新田が概高2石余,反別は田2反余・畑1反余,家数35・人数195,馬11,生田橋架直しの手伝人足を負担。「徇行記」によれば,給知高353石余,給人は生駒益吉など4人,残り160石余と入鹿新田2石余が蔵入地。寺は元和5年創立の曹洞宗本曽寺。神社は神明と天神があったが,明治初年に合祀されて神明社となる。明治22年小折村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7358344
最終更新日:2009-03-01




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