ケータイ辞書JLogosロゴ 竹沢連村(近世)


愛知県>額田町

江戸期〜明治9年の村名三河国額田【ぬかた】郡のうち「たけのそれん」ともいい(三河国二葉松),竹のそれとも記した(参河志)乙川上流中世末は奥平氏領(奥平氏家譜)はじめ幕府領,寛永9年刈谷藩領,慶安2年幕府領,同4年からは旗本石川氏(保久陣屋)村高は,「寛永高附」「元禄郷帳」ともに36石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに45石余寛永年間までに田5石余・畑2石余,元禄年間に1石弱が新田畑開発された(御領分明細高附)天保3年の本田方本免6割1分,平均免4割3分余,畑方本免3割5分,新田免3割8分,ほかに口米・夫米など含めて米19石余を定米上納小物成は柿渋2升代銭48文,蕨代64文が賦課(御年貢覚)文政3年の家数13・人数47(御改帳)明治7年の戸数14・人口51(額田郡誌)薬玉神社がある明治9年井沢村の一部となる現在の額田町井沢竹沢連の地
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7358588
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ