ケータイ辞書JLogosロゴ 馬頭(中世)


愛知県>岡崎市

 戦国期に見える地名。三河国額田【ぬかた】郡のうち。天正13年10月28日の本願寺宛徳川家康判物に「三州馬頭寺内」の諸式法度以下を旧来の土呂のごとく許すとある(本派本願寺文書/岡崎市史6)。永禄6年の三河一向一揆後追放処分とした本宗寺の再建をこの馬頭に認めた。この辺りは当時馬頭野・馬頭原・生田原などと呼ばれる広大な野原が広がっており,平地山に本宗寺が再建されたので馬頭よりも平地と呼ばれる場合が多い。天文17年の小豆坂合戦,永禄6〜7年の一向一揆の際に戦場となった(武徳編年集成)。天正16年2月20日岡崎城代本多重次は七ケ寺宛の書状で「馬頭原」における一向一揆勢力との激戦を回顧している(上宮寺文書/岡崎市史6)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7360317
最終更新日:2009-03-01




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