ケータイ辞書JLogosロゴ 東大海道村(近世)


愛知県>江南市

 江戸期〜明治22年の村名。尾張国丹羽郡のうち。尾張藩領。小牧代官所支配。新田は成瀬隼人受控え,それ以外は山村源兵衛采地。村高は,「寛文郷帳」「天保郷帳」ともに50石余,「旧高旧領」61石余。「寛文覚書」によれば,本田は概高52石余,反別は畑5町余,ほかに新田が概高7石余,反別は田7反余・畑8畝余,家数17・人数114,馬数7。御留川があり,生田橋架直しの手伝人足と善師野宿への寄付人足を負担。「徇行記」によれば,村内には油を商う富戸があると見える。嘉永年間創立の西山浄土宗阿弥陀寺は現在の東大海道教会という。明治22年秋津村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7360462
最終更新日:2009-03-01




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