ケータイ辞書JLogosロゴ 日比野郷(中世)


愛知県>一宮市

戦国期に見える郷名尾張国葉栗郡のうち天文7年10月27日の広武売券写に「〈売主日比野〉六左衛門広武」とある(曼陀羅寺文書/一宮市史資料編6)同9年11月27日の広武売券写にも「〈売主日比野之〉六郎左衛門広武」と見える(同前)天正11年8月19日の曽我尚祐等連署書状によれば,織田信雄は「日比野ノ内前野之郷」を坂井隼人に宛行っている(酒井文書/一宮市史資料編6)しかし「信雄分限帳」には,「一,百弐拾貫〈ひゝのゝ郷内……相違〉 坂井隼人〈当知〉百弐拾貫文〈にいヤの郷内〉同」とあって,天正12年小牧・長久手の戦の際羽柴秀吉方に占領され不知行となったため,海東郡「にいやノ郷」に替地を与えられた同じく「信雄分限帳」によれば,当郷に知行地のあった矢野弥右衛門・寺西甚太郎も同郷内に替地を与えられているが,河野藤左衛門・坂井文助の知行は継続しているようであるなお,長禄2年と推定される妙興寺領田畠坪付注文には「一,平尾右京亮入道々珎寄進分一所柒段 比々野名〈鴾島野之宮内,坪付注文在別紙〉」とあるが(妙興寺文書/同前資料編5),これも当地のことかと思われる現在の一宮市浅井町大日比野・小日比野・前野あたりに比定される
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7360610
最終更新日:2009-03-01




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