ケータイ辞書JLogosロゴ 松葉町(近世)


愛知県>岡崎市

江戸期〜明治11年の町名明治初年から岡崎を冠称岡崎城下の1町岡崎城の西,町並みは,岡崎城の松葉総門を出て東西に通じる東海道往還筋西は八町村伝馬役はなく,年貢地東端に幅13間の松葉川があり,松葉橋が架かっていたので町の名が付けられたという天正19年岡崎城主となった田中吉政が周辺の沼地を埋めて造成した町といわれる(旧岡崎市史)浅井了意の「東海道名所記」に「宿はづれに川あり,松葉川と言ふ,橋あり長さ三十二間」とある松葉橋は安永8年土橋となり,長さ24間1尺・幅2間5尺5寸となった松葉総門は承応3年に設置,番所が置かれ通行者を改めた橋の西に高札場があった町は低地でたびたび水難に見舞われ,延宝2年隣地福島から百姓を移住させ1石余の地子免許地が与えられた「岡崎藩万書上」では,寛政元年の庄屋利右衛門,高30石余,家数33・人数112,町の長さ往還通り1町56間3尺・幅3間享和2年の書上では,農業9,青物荷売・日雇稼各8,菓子卸売3,居酒屋2,餅屋1(同前)「旧高旧領」では高30石余明治11年八帖村の一部となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7361363
最終更新日:2009-03-01




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