ケータイ辞書JLogosロゴ 丸山新田(近世)


愛知県>犬山市

江戸期〜明治11年の新田名尾張国丹羽郡のうち濃尾平野北部,木曽川左岸に位置するはじめ尾張藩領,明治元年からは犬山藩領小牧代官所支配成瀬隼人正給知安永年間犬山村方の余坂村民が相生坂へ移住し,文政4年余坂村の新田となり,丸山新田と称した村高は「旧高旧領」3,905石余当村は中世の東山道の道筋にあたり,江戸期には犬山札の辻から栗栖の渡しを経て勝山村へ出る飛騨街道が中央を通っていた南端には辰ケ池・中の宮池・徳ケ池・馬堤池があったこれらの池は,犬山東の条里制遺構地への灌漑用水池として設けられたものであった白山には,天文6年織田信康が城山から針綱神社を遷座同社は慶長11年犬山名栗町へ移り,跡地には東の宮社が建てられた白山山麓には,寛永17年日用上人建立の日蓮宗妙感寺があるこのほか曹洞宗天岳寺や享保2年城内から移された相生神社があったが,寛文8年天岳寺は犬山大本町へ,明治16年相生神社は丸の内へ移った白山平には犬山焼の窯元があった明治11年稲置村の一部となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7361417
最終更新日:2009-03-01




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