ケータイ辞書JLogosロゴ 宮路郷(中世)


愛知県>音羽町

 室町期〜戦国期に見える郷名。宮地郷とも書く。宝飯郡のうち。応永24年9月15日の足利義持寄進状に上野民部大輔入道昌光知行分の「参河国宮道郷内三橋方」を石清水八幡宮に義持が寄進したことが見える(石清水文書6/大日古)。上野氏は幕府奉公衆で,宮道郷三橋方はこれ以前幕府御料所であったと考えられる。三橋方は未詳だが,「政所内談記録」寛正3年12月8日条に「三河国三橋銭屋」と新善法寺雑掌が近隣の稲束平尾内負物下地について相論していることが見えている(室町幕府引付史料集成上)。永禄4年7月24日の松平元康判物写によると「宮地之郷」など20か所は本地だとして野田城主菅沼定盈に与えられているが(譜牒余録/岡崎市史6),菅沼氏領となったのは天文年間末期から永禄初年のことであろう。天正15年12月9日の久保神社棟札銘に「大工宮路郷四郎左衛門家次」「願主宮路郷次郎兵衛」,同年12月17日の白鳥神社棟札銘に「宮路郷願主禰宜次郎左衛門定与」とあり,ともに地頭は野田の菅沼織部殿としてある(豊川市史中世近世史料編)。江戸期の久保村・白鳥村・赤坂村・御油村・萩村などが含まれる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7361615
最終更新日:2009-03-01




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