ケータイ辞書JLogosロゴ 和合村(近世)


愛知県>東郷町

 江戸期〜明治22年の村名。尾張国愛知郡のうち。尾張藩領。天明元年から水野代官所支配。渡辺半蔵の采地でもあった。村高は,「寛文郷帳」217石余,「天保郷帳」250石余,「旧高旧領」370石余。「寛文覚書」によれば,概高315石余,反別20町余(田18町余・畑1町余),家数41・人数239,馬20。「徇行記」には217石余,東西21町・南北7町,戸数67・人数326。真言宗大日堂(大蔵堂ともいう)があり,明治13年浄土宗大徳寺と改称。神社は,明神・山神・鎮守の3社。明治10年頃桑樹を植え,養蚕業を始める。明治初期から磨砂が採掘された。明治9年和合書院という私塾が開設されたが,5年後に閉鎖。明治12年諸輪学校から分離して和合分教場を置き,同16年和合学校と改称する。同22年諸和村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7362320
最終更新日:2009-03-01




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