ケータイ辞書JLogosロゴ 相賀組(近世)


三重県>海山町

 江戸期の紀州藩の組名。牟婁郡のうち。所属の村は相賀郷に属する村のうち須賀利村を除いた11か村。上里村の新田である鳥居崎村を加えて12か村と数える場合もある。なお,須賀利村は尾鷲【おわし】組に属す。大庄屋は,延宝年間頃に船津村伊藤喜右衛門,元禄年間頃に上里村松場伝右衛門,享保年間頃に粉本村浜田勘左衛門が勤めていたことが知られる。寛政5年の相賀組大差出帳によれば,組下12か村,本田畑の反別171町余・高2,198石余,新田畑の反別119町余・高738石余,人数4,947,牛145,馬38,漁船82,廻船2,川舟130,網41を数える。明治4年和歌山県第110区となり,同年度会【わたらい】県,同9年三重県に所属。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7362371
最終更新日:2009-03-01




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