ケータイ辞書JLogosロゴ 莫大郷(中世)


三重県>安濃町

 南北朝期に見える郷名。安濃郡のうち。懸里・懸荘(神鳳鈔)・県御園(外宮神領目録)ともいう。康永3年の大神宮法楽寺文書紛失記の伊向神田の項に「莫大郷」分として「十一条六行山里」「十二条六懸里」「十二条七野村里」と見える(法楽寺文書)。「莫大」は英太の誤りと考えられており,同文書や康平5年の四天王寺領坪付(四天王寺文書/平遺980)などによる条里復元に従えば,当郷は穴倉川の流域で,安濃町妙法寺から同町神田【こうだ】に至る一帯を指したものと考えられる。懸荘・県御園は「十二条六懸里」付近に所在したのであろう。条里復元に従えば,安濃町連部【つらべ】付近となる。懸荘の面積は1町5反であった(神鳳鈔)。なお,江戸期においても当郷名が用いられることもあった(勢国見聞集)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7362433
最終更新日:2009-03-01




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