ケータイ辞書JLogosロゴ 畔名村(近世)


三重県>大王町

 江戸期〜明治22年の村名。志摩国英虞【あご】郡のうち。鳥羽藩領。国府組に属す。村高は,延享3年および「天保郷帳」「旧高旧領」ともに84石余。延享3年の浦役銀105匁,戸数71・人数378。鎮守は地内宮の谷にある日天八皇子社で,明治初年畔名神社と改称。寺院には臨済宗妙心寺派直指山臨江寺があり,本堂のほか経堂・地蔵堂・大日堂などがある。名田村との境にある不動堂には文政8年に仏通禅師が寄進した不動明王像の本尊があり,堂前の額も仏通の書である。仏通は当村の長右衛門の子として生まれ,高僧・奇僧として有名で,晩年には有馬の光明寺を創建した。また剣道の達人でもあった。明治4年度会【わたらい】県,同9年三重県に所属。同22年三和村の大字となる。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7362511
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ