ケータイ辞書JLogosロゴ 井生村(近世)


三重県>一志町

 江戸期〜明治22年の村名。伊勢国一志【いちし】郡のうち。紀州藩白子領。村高は「文禄3年高帳」「元禄郷帳」1,043石余,「天保郷帳」「旧高旧領」1,160石余。集落は上・中・下に分かれる。雲出川の水位が高いため導水は極めて難渋したが,井生堰の開起は万治年代以前と考えられる(一志町史)。井生堰の灌漑面積は66ha。当地の開墾は寛永11年田畑約7町の記録があり,当時の大庄屋寺田紋太夫の墓は浄閑塚と呼ばれ,開拓の恩人として今も参詣者が少なくない。鎮守は加賀国白山から分霊した白山比咩神社。明治4年度会【わたらい】県,同9年三重県に所属。明治8年の戸数143・人口735。同年井生学校創設,同12年進生学校と改称。同16年には小船6,荷車2,牛52,馬1,寺院は天台真盛宗3,真宗高田派1,進生学校の教員数3,生徒数145,全戸とも農業で米・裸麦・藍葉・菜種・割木などを産す(井生村地誌取調書)。同22年大井村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7362679
最終更新日:2009-03-01




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