ケータイ辞書JLogosロゴ 井関村(近世)


三重県>一志町

 江戸期〜明治22年の村名。伊勢国一志【いちし】郡のうち。紀州藩白子領。村高は「文禄3年高帳」560石余,「元禄郷帳」573石余,「天保郷帳」「旧高旧領」694石余。井堰はすべて波瀬川にかかり,名倉井・中井・垣内田井がある。灌漑面積はあわせて27町歩。とくに名倉井は寛文12年の開起とされ,300年余を経た今日まで一度も決壊したことがなく,工法が注目されている(一志町史)。井関石と呼ばれる砂岩質の石材を特産とし,地内に石工が多く,他村からの需要も多い。初瀬街道の谷戸坂峠は桜峠ともいわれ,峠茶屋があって参宮道者の休息の店であった。庄屋は代々松本氏・山崎氏が世襲し,交替で勤務についていた。鎮守は住吉神社,創建は永禄年間以前という(一志町史)。寺院は延命寺・常楽寺・持花庵の3か寺があり,ともに真宗高田派。常楽寺は松本太郎左衛門吉実が天正年間に創建と伝えられ,本尊薬師如来を祀る。安政年間に延命寺を合わせて寺号を天福山延命寺と号した。明治4年度会【わたらい】県,同9年三重県に所属。同7年の特産物調によると,綿2町・藍葉5町・茶2町・菜種17町,ほかに葉タバコ・麻・生糸・楮皮・雁皮・漆汁などを産す。同14年井関学校が大仰学校から独立して開校したが,同16年再び大仰学校に通学。同22年大井村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7362850
最終更新日:2009-03-01




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