ケータイ辞書JLogosロゴ 小川村(近世)


三重県>嬉野町

 江戸期〜明治22年の村名。一志郡のうち。元和5年からは紀州藩白子領。村高は,「文禄3年高帳」「元禄郷帳」1,257石余,「天保郷帳」1,291石余。「旧高旧領」には見えない。寺院は天台真盛宗西来寺末の小泉山常念寺と真宗高田派専修寺末の小川山西方寺がある。西方寺は,古くは清流寺と称する真言宗の寺院で,小川神社の別当であったが,天正年間に兵火にあい,のち再建されて改称した。鎌倉期の作という大日如来像がある。明治4年度会【わたらい】県,同9年三重県に所属。同年の税地面積は,田59町余・畑21町余・宅地5町余・山林雑地13町余の計99町余,改正地租金1,361円。同12年小川村外5か村戸長役場,同17年小川村外6か村戸長役場を設置。同22年中川村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7363583
最終更新日:2009-03-01




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