ケータイ辞書JLogosロゴ 柏野荘(中世)


三重県>伊賀町

 鎌倉期〜室町期に見える荘園名。阿拝郡のうち。建武元年11月26日雑訴決断所牒案(東大寺古文書/大日料6-2)によると,柘殖・長田・上津田原・薦生出作等伊賀国諸郷保地頭が年貢を抑留していたことが知られるが,その中に柏野の名も見える。一方長講堂領関係の史料の中でもしばしば柏野荘が登場する。建久2年10月長講堂所領注文(島田文書/鎌遺556)では「御庄々一年中課役事」として,柏野荘には「元三雑事 御簾二間 御座一(二)枚 小文一 紫一」などが賦課されている。また応永14年3月長講堂領目録写(八代恒治氏所蔵文書)の中には「伊賀国柏野荘 年貢油一石」とあり,六条院修理料支配状写(八代恒治氏所蔵文書)にも「伊賀国柏野庄一本四寸」と柏野の名が見える。長講堂領というのは皇室領の1つで,後白河法皇の御所六条殿内に建てた長講堂に付属する所領群のことであるが,東大寺領柏野荘と長講堂領柏野荘の関連については明らかでない。なお,天正伊賀の乱の時に,柘殖郷の郷士は柏野城(福島城)にこもり,丹羽・滝川軍に抗戦したという(伊乱記)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7363864
最終更新日:2009-03-01




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