ケータイ辞書JLogosロゴ 上菅村(近世)


三重県>大台町

 江戸期〜明治22年の村名。伊勢国多気郡のうち。元和5年からは紀州藩田丸領。「元禄郷帳」では上出上菅村・下出上菅村に分かれて見える。村高は,「文禄3年高帳」152石余,「元禄郷帳」では上出上菅村67石余・下出上菅村84石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ではともに262石余。現在の宮川村から飯南郷川俣谷へ抜ける通路として早くから開けた。神社は首塚神社があり,天正年間に滝川一益との戦いで敗れた千原清兵衛清次とその家臣を里人が祀ったものと伝える。寺院は曹洞宗神護山永神寺があり,寛文2年大円宗悟の創建で佐々木作兵衛の再興といわれる。明治4年度会【わたらい】県,同9年三重県に所属。同16年佐原学校の分校を開設。同22年三瀬谷村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7364010
最終更新日:2009-03-01




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