ケータイ辞書JLogosロゴ 神瀬村(近世)


三重県>大台町

 江戸期〜明治22年の村名。伊勢国多気郡のうち。元和5年からは紀州藩田丸領。枝郷に河内新田がある(元禄郷帳・天保郷帳)。村高は,「文禄3年高帳」116石余,「元禄郷帳」116石余,ほかに河内新田12石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ではともに227石余。産物は茶・シイタケで,ほかに養蚕も盛んであった。寺院は浄土宗和光山神照寺があり,中興開山は敬誉上人・円達上人ら。元禄年間頃まで神照庵と称したが,村民が寺号の許可を松坂奉行に嘆願し,宝永年間寺号を得た。本堂に阿弥陀如来,別堂に馬頭観音を祀る。墓地には中西氏の先祖で北畠家臣の墓と伝えられる五輪塔がある。村民は,神照寺の寺号獲得に動いたり,来迎図・地獄図の軸を掛けて信仰するなど,信仰心が篤い。明治4年度会【わたらい】県,同9年三重県に所属。同8年神照寺に上楠第171番小学校の校舎を開設。同22年川添村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7364012
最終更新日:2009-03-01




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