ケータイ辞書JLogosロゴ 川合村(近世)


三重県>阿山町

 江戸期〜明治22年の村名。阿拝郡のうち。はじめ伊賀上野藩領,慶長13年からは津藩領。村高は,慶長6年338石,「統集懐録」では本高394石余・平高1,003石余,「宗国史」394石余,「天保郷帳」412石余,「旧高旧領」では481石余。「三国地誌」によれば枝郷に大江が見えるが,神社・寺院が同所に集中していることなどからもとは大江が本郷であったと考えられる。「宗国史」によれば,家数159・人数637,馬1,牛41。松茸1,172本を運上し,伊賀における総運上の2.2%を占める。無足人は田矢・平内の各姓がおり,田矢九平太は庄屋を勤めた。神社は火明神社。寺院は浄土宗来迎山引接寺・応松山西光寺(三国地誌)。なお「伊水温故」によれば引接庵と大江山観音寺があったとされ,観音寺は堂内に地中より湧き出た立石があり,観音応化の霊石といわれたことから,古くは石立寺と称されたという。明治4年安濃津【あのつ】県,同5年三重県に所属。同年の戸数377。同22年河合村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7364139
最終更新日:2009-03-01




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