ケータイ辞書JLogosロゴ 久知野郷(中世)


三重県>河芸町

 南北朝期〜戦国期に見える郷名。伊勢国奄芸【あんき】郡栗真荘のうち。応安元年の栗真荘熊野田三町沙汰日記(米良文書)に見える。熊野社領1町が所在。作人として円応寺僧の名があり,所当は反別4斗,段米白米2升,送米反別黒米2升などであった。永正15年上野桂円が郷内1反を外宮一禰宜是彦に寄進しているが(松木文書/大日料9‐8),この1反は「郷舛」で7斗の加地子,公方年貢は50文顕孝寺へ出すものであった。翌16年には栗真慈徳庵通忻が郷内の田地を外宮八禰宜忠彦に売却しているが,年貢100文は久知屋(野)郷へ出すことと記されている(松木文書/大日料9‐10)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7364488
最終更新日:2009-03-01




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