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- 黒田郷(中世)とは
「黒田郷(中世)」の関連ワード⇒ 赤田組(近世) 飯詰組(近世) 石浜村(近世)
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黒田郷(中世) 鎌倉期~戦国期に見える郷名播磨国多可郡這田荘のうち郷名は,摂関家領黒田荘と同じく,「和名抄」多可郡黒田郷に由来するものであろう文永2年11月3日の住吉神領杣山四至并造替諸役差定書に黒田荘とは別に黒田郷が記され,住吉社造替の際,白米3斗・大豆2斗・秣大豆6升ほかを負担している(大川瀬住吉神社文書)下って,文和元年12月19日沙弥寂仏は「東這田庄黒田郷公文名内」1反を清水寺に寄進している(清水寺文書)永和3年9月21日の赤松義則請文によれば,這田荘は義則の父則祐が拝領し知行していたもので,この時義則は黒田郷のうち200石の下地を久我家に進上することで契約しているこれにより,当郷の200石は久我家の直務となった当郷内の久我家領は文安2年正月11日播磨守護山名持豊から安堵されたが,その後河成などで下地が減少したため,同2年12月5日沙弥宗瑞が年貢70貫文で請け負っているその後も,文明6年閏5月19日赤松則盛が年貢50石で代官職を請け負っているが,文亀元年10月9日には在田忠長が20貫,同3年6月24日にも赤松祐忠が20貫文で代官となっている(久我家文書1)黒田荘域に隣接する地で,現在の西脇市北部に比定される |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
黒田郷(中世) 南北朝期から見える郷名... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
黒田郷(中世) 戦国期に見える郷名... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
黒田郷(中世) 南北朝期に見える郷名... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
黒田郷(中世) 室町期から見える郷名... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
黒田郷(中世) 南北朝期に見える郷名甘楽【かんら】郡のうち永徳2年4月23日の年紀を有する上野村泉竜寺大般若経巻504の奥書(県史資料編6)に「旦那〈黒田郷小共村〉民部 〈同〉孫八」とある小共村は現在の上野村乙母【おとも】に比定され,当郷もその付近に比定される... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
黒田郷(中世) 戦国期に見える郷村名... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
黒田郷(中世) 戦国期に見える郷名... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」