ケータイ辞書JLogosロゴ 小杉村(近世)


三重県>伊賀町

 江戸期〜明治22年の村名。阿拝郡のうち。はじめ伊賀上野藩領,慶長13年からは津藩領。村高は,天和年間頃の平高1,045石余(統集懐録),寛延年間頃の本高521石余(宗国史),「天保郷帳」「旧高旧領」ともに616石余。寛延年間頃の戸数107・人数462,馬16,牛4(宗国史)。慶応2年の戸数107・人口513(うち男265・女248),寺2(うち1寺は無住),馬15(小杉村弐宗弐冊寄目録)。嘉永6年の御領下拾七箇条(西尾忠一氏蔵)があり,これは藩が農民の日常生活における規範として示した郷中可相守十七ケ条の写しである。鎮守は天引神社,寺院は浄土宗里用山長泉寺・真言宗豊山派神宮山成就院(無住)がある。明治4年安濃津【あのつ】県,同5年三重県に所属。同6年成就院を借りて,馬場小学校の分校として小杉学校を設立。同16年の干害は,5〜9月の120日間干天となり,田面の亀裂が地下2mに達した。極度の食糧難のため,カエル・ヘビを食べる者や大阪へ夜逃げする者が出た(伊賀東北五ケ町村旱害史)。同22年鞆田【ともだ】村の大字となる。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7364812
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ