ケータイ辞書JLogosロゴ 下楠村(近世)


三重県>大台町

 江戸期〜明治22年の村名。伊勢国多気郡のうち。「文禄3年高帳」「天保郷帳」では上楠村と合わせて楠村として見えるが,「元禄郷帳」「旧高旧領」では上・下に分かれて記載されており,事実上は2村に分かれていた。元和5年からは紀州藩田丸領。村高は,「文禄3年高帳」では楠村として202石余,「元禄郷帳」82石余,「天保郷帳」では楠村として301石余,「旧高旧領」149石余。土地が狭い割には家数が多い。産物は茶・シイタケ・木炭など。寺院は浄土宗立石山清涼院宝泉寺があり,安永2年田丸大得寺の末寺となった。もとは照本寺と称し,現在の山号・寺号は裏山にある巨岩に由来する。本尊は延宝3年奉納の阿弥陀如来で,ほかに裏山に子安地蔵として知られる地蔵菩薩,別堂には善光寺如来がある。善光寺如来は,明治初年全国を開帳して回っていた善光寺の一光三尊の分身が,伊勢一揆のため帰路が困難となったため,依頼により当地で厨子を保管し,のち金10両とともに引き取ったものといわれる。明治4年度会【わたらい】県,同9年三重県に所属。同8年民家を借用して公立学校を開設。同10年宝泉寺に上楠村との組合学校を開設。同13年粟生【あお】村と連合して粟生学校の分校を開設し,同14年校舎を新築,同20年下楠簡易科授業所と改称。同22年川添村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7365254
最終更新日:2009-03-01




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