ケータイ辞書JLogosロゴ 下菅村(近世)


三重県>大台町

江戸期〜明治4年の村名伊勢国多気郡のうち宮川中流右岸に位置する枝郷に,川合村と共有の滝辺茅ケ広新田(元禄郷帳・天保郷帳)および下菅新田があった村高は,「文禄3年高帳」では中須駕村と見え144石余,「元禄郷帳」144石余,ほかに滝辺茅ケ広新田81石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ではともに264石余大部分が山林のため,木材の切出しや炭焼きで生計を立て,木炭はうなぎを焼く上等の木炭として江戸へ出荷された(大台町郷土調査報告)安政2年,名主正作の主導でのぼり池が築造された寺院は臨済宗磨東山円通寺(別称観音寺)と曹洞宗裁松山興禅寺円通寺は延宝元年創建されたが明治初年の廃仏運動で廃絶興禅寺は延宝年間の初め,近江国の豪族佐々木氏の末流といわれる中西作兵衛が創建,開祖は千厳鉄淳和尚で,境内には廃寺となった円通寺の閻魔像・地蔵尊が祀られる明治4年度会【わたらい】県に所属同年菅合村の一部となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7365261
最終更新日:2009-03-01




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