ケータイ辞書JLogosロゴ 下黄楊(中世)


三重県>伊賀町

 戦国期に見える地名。伊賀国阿拝【あえ】郡のうち。永禄11年,一の宮諏訪社(現在の敢国神社)の千部経会に招かれた吉田兼右は,当地で80年前に悪行をなした廉で惣中によって殺された島野某とその家族の怨霊がたたりをなすので,神に勧請したいという申し出をうけている(兼右卿記永禄11年3月20日条)。当時,土豪を中心とする惣が形成されていたことが知られる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7365275
最終更新日:2009-03-01




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