ケータイ辞書JLogosロゴ 荘村(近世)


三重県>二見町

 江戸期〜明治22年の村名。度会郡のうち。はじめ鳥羽藩領,寛永10年からは伊勢神宮外宮領。村高は「天保郷帳」568石余,「旧高旧領」559石余。天保初年頃の戸数51(勢陽五鈴遺響)。寛永年間の神領復帰運動に功績のあった喜多井甚四郎は当村の出身者。神社には二見荘神社と内宮所管社の御塩殿神社があり,二見荘神社の境内社に牛頭天王社がある。御塩殿神社境内には御塩殿・御塩焼所・御塩汲入所がたち,伊勢神宮御料の塩を古式の製法で調製する。寺院には地内里中に曹洞宗大日山不断寺があったが,廃寺となる。ほかに薬師堂がある。正月亥日に左義長,盆には「どっこいしょ踊り」などが行われた。明治元年度会府,同2年度会県,同9年三重県に所属。同22年西二見村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7365367
最終更新日:2009-03-01




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