ケータイ辞書JLogosロゴ 穴ケ瀬村(近世)


滋賀県>朽木村

江戸期〜明治7年の村名高島郡のうち安曇川【あどがわ】の中流域に位置し,市場村の南にあたる隣村岩神村とともに経済的には市場村の周辺的な役割をもつ村として次第に集落を形成したと思われる朽木【くつき】氏知行地検地は天正13年,慶長7年など慶長年間の村高は隣村岩神村と合わせ118石余「寛永高帳」は単独で35石余,「元禄郷帳」「天保郷帳」で46石余「旧高旧領」では再び岩神村を合わせ143石余当村と雲洞谷【うとうだに】村との間の大彦谷【おしこだに】越は,古来からの間道で,針畑【はりはた】・能家【のうげ】・雲洞谷方面の木炭など林産物を穴ケ瀬・岩神・市場方面の木炭問屋へ輸送するのに利用されたなお,当地方では昔から牛が通る所にはボケがないという炭運搬や農耕に使役される牛が田の畦路や峠道のボケを食べてしまうからであるまた,当地方にはとげのあるクサボケが多く,弘法さんが通った際に衣を引っかけて破ってしまい,以来弘法さんはボケがきらいになったという大師伝説が残り,当村でボケを家の周囲に植えないのは弘法大師に遠慮してのことと伝える(朽木村志)明治5年滋賀県に所属同7年岩神村と合併,岩瀬村となる
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7368569
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ