ケータイ辞書JLogosロゴ 飯村(近世)


滋賀県>近江町

 江戸期〜明治22年の村名。坂田郡のうち。彦根藩領。村高は,「寛永高帳」「元禄郷帳」「天保郷帳」「旧高旧領」それぞれ734石余で変化はなかった。助郷は中山道番場【ばんば】宿に出役(坂田郡志)。麻布の生産が盛んで村民は布をさらすことを家業としていた。また,水仙がこの地の名産であった(坂田郡志)。社寺は,誉田別命をまつり,後小松天皇の頃土豪若宮氏勧請の八幡神社,天正元年創立で天児屋根命をまつる春日明神社,天正2年賢法開山の浄土真宗善照寺,もと天台宗で天正年間祐神開山の浄土真宗徳善寺などがあった(輿地志略・市町村沿革史)。明治5年滋賀県に所属。同7年飯村学校創立。同13年頃の村の状況は,地勢平坦で,北国街道が村の東を南北に通っているので交通運輸に至便,荷車4両を使用,地味中等,水利はよい。戸数108・人口453・うち103軒の農家は,米・麦・大豆・菜種・麻・藍葉・桑葉・生糸・熨斗【のし】糸・キビソなどを生産するかたわら,採薪・真綿の製造に従事。工1軒は大工,商4軒は,「近江真綿」や茶・傘・菓子等の小売商,酒造家・綛の仲買商など。反別56町7反余,田41町8反余・畑1町8反余・宅地4町3反余など。水車2か所があった(物産誌)。同22年坂田郡法性寺村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7368655
最終更新日:2009-03-01




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