ケータイ辞書JLogosロゴ かなや村(中世)


京都府>加悦町

 戦国期に見える村名。丹後国与謝【よさ】郡のうち。「丹後御檀家帳」に「一 かやのかなや村 家百斗」と見え,大人孫左衛門・本座神治郎・中のはし・しやうたう寺など,7人・1寺があげられている。また別に「一 かやのうつ山寺 石川殿御子息 地蔵院 大願院」と見え,「うつ山寺の山ふし衆毎月大人数御参宮候へ共,たんな次第に代官所めされし間,ちもんにかき不申候」とされている。うつ山寺とは,加悦町金屋の小字外谷に所在する浮木山三縁寺の前身という(与謝郡誌)。金屋の西部,城山(283m)には赤野源三衛門(あるいは石川弥三郎・石川弥藤治貴清)の金屋城(笠野城)址があり,城山中腹の広大な三縁寺跡は,七堂伽藍の跡と伝え,鎌倉期の宝篋印塔が残る。また,東部には延長700mに及ぶ馬蹄形中世山城の比丘尼城址がある。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7375037
最終更新日:2009-03-01




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