ケータイ辞書JLogosロゴ 文珠門前村(近世)


京都府>宮津市

 江戸期〜明治8年の村名。丹後国与謝【よさ】郡のうち。惣村のうち。平安初期の創建と伝え,日本三文殊の1つで切戸の文殊堂として有名な五台山智恩寺(文殊堂)がある。寺領は,天正9年の指出には「九世戸門前」のみについて記し,天正10年寺領安堵状には,石河1町5反,須津4反,宮津2反を記し,同じく慶長6年寺領分には門前分・波路分合わせて37石余,須津村13石,宮津2反を記す。門前・波路分は下宮津村一本の免定のうちで収納されたが,のち寛文末年以降惣村分に変更され(智恩寺文書),百姓は寺百姓・渡守などを勤めながら新田開発を実施し,明和〜安永年間には戸数が30となった。以後再三にわたり門前百姓と当地の組頭は智恩寺や藩の郡奉行所へ分村願を提出したが,許可されなかった。文久年間の船数は小船43。文化年間,門前百姓は45軒(与謝郡誌)。文政5年の宮津騒動(百姓一揆)の由来を記した義士義民追頌碑がある。同4年文珠村を称したが,惣村の支配を脱し独立したのは明治8年である(智恩寺文書)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7380472
最終更新日:2009-03-01




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