ケータイ辞書JLogosロゴ 大久保村(近世)


大阪府>熊取町

 江戸期〜明治22年の村名。日根郡のうち。岸和田藩領。村高は,四郡高附によれば正保2年605石余,「天保郷帳」では南郡のうちに見え694石余,「旧高旧領」では707石余。文禄3年12月10日の次郎五郎田地売券(新川家文書/泉佐野市史)に「大くほ一色也 無役」と見え,地内の田地が売り渡されている。当村の降井家は泉南地方の豪族で,岸和田藩大庄屋7人のうちに数えられ苗字帯刀を許されていた。同家は天保年間には8,500m[sup]2[/sup]の敷地に広間・書院・土蔵などを有しており,特に書院は桁行52尺6寸・梁間26尺6寸,寄棟造り・茅葺で江戸初期の建立という。神社は事代主神社,寺院に臨済宗法禅寺がある。明治9年の人口919。同14年大阪府に所属。同22年熊取村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7381795
最終更新日:2009-03-01




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