ケータイ辞書JLogosロゴ 樫井村(近世)


大阪府>泉佐野市

 江戸期〜明治22年の村名。日根郡のうち。寛永17年岸和田藩領,享保5年幕府領,安永7年越前長岡藩牧野氏領,天明7年幕府領(文化13年からは岸和田藩預り地),文久元年下総関宿藩久世氏領,文久2年幕府領,慶応元年からは京都守護職役知。村高は,四郡高附によれば正保2年541石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに570石余。「五畿内志」には「旧名籾井」と見える。元和元年4月29日,大坂夏の陣でも激戦の1つであった樫井合戦が行われた。この合戦において大坂方で,講談の主人公としても名高い塙団右衛門直之,かつてキリシタン大名小西行長に仕えたこともある淡輪六郎兵衛重政が討死にした。熊野街道沿いに2人の墓がある。物産は米・木綿。鎮守は日枝神社・若宮神社があり,両社とも明治5年村社となる。寺院は浄土宗鎮西派上善寺末地現山観音寺,浄土真宗本派大覚山正法寺・香花山福正寺がある。明治9年の人口537。同14年大阪府に所属。同22年南中通村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7382142
最終更新日:2009-03-01




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