ケータイ辞書JLogosロゴ 藍本庄村(近世)


兵庫県>三田市

 江戸期〜明治7年の村名。有馬郡のうち。本庄村・藍本村とも称した。はじめ三田【さんだ】藩領,慶長7年丹波国福知山藩領,元和6年幕府領,寛永3年からは再び三田藩領。村高は,「摂津高改帳」本庄村として257石余,「正保郷帳」455石余,「天保郷帳」502石余,「旧高旧領」藍本村として502石余。なお,「摂津高改帳」ではほかに本庄村(野々倉本庄村)648石余が見える。当村には慶長8年新町が開かれている(山崎家盛取立/大日料12-1)。往還にあたり,荷次所として旅籠などもありにぎわっていたという。神社は,酒滴神社。同社の鳥居は応永2年の銘があり,県下でも最古のものである。寺院は,虚空蔵寺・如意庵・青竜寺。虚空蔵寺は寺院7か寺を有していたが,天正7年明智光秀によって焼かれ,仏堂を存するのみという。如意庵・青竜寺は延享元年の三万石村寺社に名を連ねるが,のち岩倉五葉庵に併合されたという(三田市史)。明治6年当村・日出坂村・曲り村・波田村・岩倉村の5か村で長盛小学校(のち北尋常小学校となる)を酒垂神社内に設立。同7年藍本村の一部となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7387185
最終更新日:2009-03-01




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