ケータイ辞書JLogosロゴ 明石町(近代)


兵庫県>明石市

 明治22年〜大正8年の明石郡の自治体名。東本町・西本町・中町・東魚町・西魚町・材木町・細工町・鍛治屋町・船町・相生町・戎町・樽屋町・西新町・新浜・当津村・王子村・大明石村・大蔵谷村が合併して成立。旧町村名を継承した14町4大字を編成。明治24年の戸数5,488,人口は男9,957・女1万220。成立当初から呉服商・魚類の問屋などの商業が発達しており,その販路は在方6歩(明石郡を中心に美嚢郡・加東郡の村々)・淡路3歩・市中1歩の割合だったという。明石郡役所・明石警察署・明石治安違罪裁判所・明石電信局が相生町に,明石郵便局が西本町に,第五十六国立銀行が東本町に,明石新報社が西本町にあった。明治21年山陽鉄道が,大正6年兵庫電気軌道が兵庫〜明石間で開通。明治32年県立農学校,同36年明石女子師範学校が開校。同43年明石郡の小学校教員一同が東経135°の子午線の標柱を建立。明治36年明石浦漁業組合と明石町農会が設立され,同43年には社団法人明石実業協会(商工会議所の母体)が発足し,名実ともに産業の礎が築かれた。同45年の人口2万6,775,産業別戸数は商業2,252・工業1,013・農業149・漁業543・雑種業1,710・その他175,銀行5,諸会社15,市場5,劇場2,人寄席4,工場はマッチ5・紡績1・酒造11・発動機製作1・印刷3・製綿および帆布9・黒瓦9・陶器7・マッチ小函および素地1・飴製造2。大正8年市制施行。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7387247
最終更新日:2009-03-01




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