ケータイ辞書JLogosロゴ 赤石町(近世)


兵庫県>三木市

江戸期〜明治初年の町名江戸期は三木町の町方の1町下五か町に属す明治以降は三木を冠称明石町とも書いた加古川支流美嚢【みのう】川中流域左岸に位置する地名の由来は,明石に向かう道筋に立地していたことによる文化元年三木町家別人数並諸商売書上写(三木市有古文書)によれば,家数128・人数549弘化2年家数取調帳(同前)では家数126,そのうち16軒が地方町の前田町に建っている嘉永5年の「播磨国三木郡志」によれば,寺院は一向宗信楽山晴竜寺と日蓮宗吉祥山本要寺がある晴竜寺はもと浄土宗で,明応年間住僧善正が蓮如の教化をうけて一向宗となった本要寺は嘉暦2年日印の開山延宝検地の折に,それまで代々の領主から受け継いだ三木町の地子免許の特権が廃止されそうになったため,大西与三右衛門と岡村源兵衛の2人が町民を代表して出府し,直訴したこの結果幕府からも引き続き地子免許の特権が与えられたこの事件を契機としてこれら地子免許の文書類を保管するために,元禄7年本要寺内に宝蔵を建て,町政の重要書類を保管した(現在三木市有古文書として保存)また,直訴に出府した2人の顕影碑が宝永4年宝蔵の横にたてられ,毎年6月17・18日に義民祭が行われている明治初年福井町の一部となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7387255
最終更新日:2009-03-01




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