ケータイ辞書JLogosロゴ 味間(中世)


兵庫県>篠山市

 南北朝期から見える地名。多紀郡のうち。「吉田家日次記」応安4年11月3日条に味間二品勅旨田地頭職について「清涼寺雑掌掠取内談奉書相語中沢一族押妨云々太不可然,所詮就社家当知行,先退彼輩沙汰付之,全神用於理非者追可有糺決状」と見え,大山荘地頭中沢氏と清涼寺雑掌とが押妨したのに対して,幕府は丹波守護山名氏清にこれを停止させている(大日料6‐34)。勅旨田とあるので最初は皇室領であったらしい。南北朝期から吉田神社領になっている。永正12年5月16日代官職に三吉孫五郎が補せられている(波多野文書)。永禄7年7月には味間伊豆守秀友が知行して荘園は消滅した(同前)。天台宗の文保寺や大国寺があり,大国寺には藤原期の5体の仏像を安置する。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7387363
最終更新日:2009-03-01




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