ケータイ辞書JLogosロゴ 葦屋郷(古代)


兵庫県>芦屋市

 平安期に見える郷名。「和名抄」摂津国兎原郡八郷の1つ。東急本は「葦原」に作る。現在の芦屋市の南西部,江戸期の芦屋村・打出村・三条村・深江村・東青木【ひがしおうぎ】村・小路村・田中村・北畑村の地域と考えられる(神戸の町名)。奈良期の天平神護元年5月9日付検仲麻呂田村家物使請経文に署名する「内竪従八位上勲七等葦屋倉人鳥麿」は当郷を本貫とする者とみられ(大日古5),「新撰姓氏録」巻27摂津諸蕃条・巻29和泉国諸蕃条には渡来人系の氏族として葦屋漢人や葦屋村主が記されている。郷域内の芦屋市西山町には兎原郡内で唯一の奈良期の寺院である芦屋廃寺の遺構があるなど,郡内の中心的地域であったものと推測される。奈良期にはすでに血沼壮士と兎原壮士の2人の男に求婚された葦原の兎原処女の伝説で知られ,「万葉集」巻9にこれを詠んだ田辺福麻呂・高橋虫麻呂の長歌が収められている。下って,平安期の「伊勢物語」によれば「昔男 津の国むばらのこほりあしやの里にしるよしありて いきてすみけり むかしのうたに 芦のやの灘の塩焼いとまなみつけの小櫛もさゝてきにけり とよめるはこの里をよめるなり」とあって,在原業平の居宅の地と伝えられ,歌名所としても貴族層の関心をよんでいた。また,中世文学ではあるが,「源平盛衰記」巻24には「蛍火みづから燃ゆるなる,葦屋の里の夏の暮」と風雅を称され,今川了俊の「道ゆきぶり」にも「うちでのはまうちすぐれば,ざいご中将のわがすむかたといひけんあしやのさとになりぬ」などと記される(群書18)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7387374
最終更新日:2009-03-01




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