ケータイ辞書JLogosロゴ 阿那賀(近代)


兵庫県>西淡町

 昭和32年〜現在の西淡町の大字名。昭和40年阿那賀港と徳島県鳴門市瓶浦(のちに亀浦)港を結ぶ淡路フェリーボートが開通,翌41年国道28号と阿那賀を結ぶ南淡路有料道路うずしおライン阿那賀線が開通。これによって淡路と四国を結ぶ車の流れが淡路フェリーに集中し,阿那賀が活況を呈した。同44年うずしおライン伊毘区間,福良区間が開通し,観光道路となった。門崎における西淡町と南淡町の境界は,昭和41年に協定成立。うずしおライン全線開通によって旅館・民宿が続々とでき,阿那賀は漁業と観光の町となった。昭和40年鎧崎に宝塚海軍予科練習生ら82名の戦死者の墓碑と彰忠碑が建立され,同42年慈母観音像が建立された。同60年大鳴門橋の開通により,淡路フェリーは大幅に縮小され,本州四国連絡道路淡路島南インターチェンジが開設された。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7387410
最終更新日:2009-03-01




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